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Author:Mr.Moonlight
同郷の浜田省吾、ジャクソン・ブラウン、スプリングスティーン、山下達郎を愛するアメリカン・ポップ・ロック・ファン。ラーメンとお好み焼がソウルフードの60年代生れの永遠のロック少年?です。


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浜田省吾広島市内での足跡-7「初夏の頃」

浜さんFFF明日5/26は北海道です。
いきなり飛びますな~。

ま、でも例えばの話。

地方公演でも中2日あったら東京へ
帰る場合もあるようだし。

日本どこでも同じようなものかも。

徳島でも東京から飛行機ですぐだもんね。

それはともかく、広島公演がすんで
もう2週間が経とうとしている。

予想通り、後から効いてくる現象の真っただ中。
北海道でも行きたいよ。

観終わった直後は
「セトリ同じならしばらく次のツアーまで
我慢できるかな?」
と満足感で一杯なんだけどーこれが正直な
話、禁断症状がすでに出てきてるんですね。

余韻を楽しんでいると「あれ、あそこのとこ
ど~だったかな?」なんて気になりだすと
余計に観たくなる。
今回は女性2人の方にかなり目がとられたので。
(言い訳は通用しない)

本題までが長いな。

そうお久しぶりの足跡がめでたく
追加となりました。

しかも、長年の疑問だったことがなんと
今回のFFFのステージで浜さんご本人が
明かしてくれた。
頼んだわけでもないのに驚きである。

拙blog観た事あるのかな?なんて思うくらい
(あるわけないが)
その事だけに触れてくれた事に感謝。
明日のステージ頑張ってイイ夜にしてください。

私的には、ついに「初夏の頃」のロケーションが
判明した事が最新ニュース。

元々浜田省吾辞典には
「予備校時代に川の近くの公園のベンチで書いた。」
(要約)
と具体的に書かれていたがその場所を特定するのに
何年も予備校から近い公園を行ったり来たりしていた。

今回浜さんがステージで言ったのは
「予備校の頃よく平和公園に行っていた」
(これは有名な話)
そして「”初夏の頃”はこの平和公園のイメージ
なんだよね」って言ったのである。

「ええ~~、そんな~」である。
以前、家族とこの話になり
「川の近くの公園ゆうたら平和公園じゃろう」
って言うので
「それならそうとゆうじゃろうて、そりゃ違うじゃろう」
と自信を持って否定をしていた。

浜さんはこの話の流れで
「初夏の頃、う歌ってくれるのか?!」
と思ったが話は違う曲の事になり
他のある横浜の曲を歌ってくれた。

では、平和公園行ってまいりましたので
「初夏の頃」(今、気候的にもあってますね)
曲を書いている19歳の浜さんや歌の情景を再現
してみましょう。


early s11

まず「川の近くの公園のベンチ」です。
平和公園広しと言えど、園内の川沿いに設置
してあり、ドームも先に見えるベンチは
10個もないです。
ただし40年以上前の事なのでベンチは
新しくなっているだろうけどね。

early s22

歌詞の初め
「あおいくもが、かわをながれる~」
何気に聴いていると最初は「くもがながれる」
で納得するでしょ。
でもこれは水面に映る雲の事ですね。
で、この写真、雲は映ってませんね~
ごめんなさい。
でもこの場所でこの情景でほぼ良しと
してください。
1枚目のベンチと同じ場所です。
ドームが先に見えます。

ベンチでこの情景を楽しむ時の注意

1.夏は蚊が多いので対策を
2.ハトやスズメがたくさん寄ってきます。
3.時折ハトの爆弾が「どかん」と頭に
  落ちてきます。

そして

early s33

「こだちにすけてみえるしょかの~ひざしと
あまいゆううつ~」

いいメロディーのところですよね。
ベンチの上を見上げるとこのような
感じです。
なんとなく歌詞とマッチしてるでしょ?

歌詞に酔っていると~そうです、こうやって
時々見てないとハト爆弾を落とされますよ。
私もやられたんだから・・。
公園のお手洗いで頭を洗いましたよ。

夕暮れ時の今の季節には
とても気持ちの良いものですよ。
もちろん初夏の頃の音源を持っていく事を
忘れずにね。

お試しあれ。







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浜田省吾 最新会報 No.176より足跡追加その6。

RS 176

あけおめ~!と
ちょい遅めだけど。
新年はどこにも行かず、
年またぎでここのところ
ず~と観ているザ・ビートルズ
のアンソロジープロジェクト。

今は本編4本のDVDを観終わった
ところ。
ポールの魅力的な人間性を改めて
感じる事が出来とても楽しく
鑑賞する事が出来ている。

私はジョンのストイックさや風刺的な
ユーモアが大好きなのだが
今回観たDVDは現役としての強み
もあるが前向きに正直に,そして
楽しそうに語るポールの姿は感動的だ。

もちろんジョージやリンゴの
等身大的な語りはビートルズを
客観的に俯瞰していてとても安心した
気持ちにさせてくれる。
今春リンゴの来日公演も予定されており
こうして50年の歳月を経て日本で
ステージを披露してくれるというのは
感慨深い。

後に控えているのはそのアンソロジーの
大きな本。
これも数年前に買って目の前に飾ってある。
本はなかなかDVDを観るようには行かないかも。

結成50周年の(昨年10月5日が50周年)
ザ・ビートルズに更なる興味が湧いている
最中である。

そして本題、
浜さんファンの皆様はなかなかに
近々に嬉しいニュースもあり、
心うきうきで新年を過ごして
おられることでしょう。

最新の会報が届いたのは1/2で
まだ、全部読んでないのだが
今回はとても興味深い内容だったので
少しだけお伝えする。

何度も言うようだがファンならFCは
入った方がいいよ。
私もファン歴は1981年からだが
FC入会したのはは2009年だからね。
威張って言う事じゃないけどそういう
心境だったのだから仕方ない。

初期の会報はFC会員ならWEBで
観れるように事務局が時々UP
してくれるのでありがたい。

ようするに私がここでうだうだ書いている
昔の浜さんネタはFC会報は読んでない状態
で書いているので「なんもしらね~な~」
と思われているかも知れない。
がこれはどうしようもないので御免なさい
するしかない。

ただ、自分のハートに響いた事は知識を超えた
感覚なのでそちらを大切にしたいとは思う。

そして今回の会報からなんと浜さん自身が
提案した新企画がスタートした。

それはロースカ30周年にちなんで今号から
会報をNo1号からNo.50号までを順次再掲載
(Book in Bookと言っている)していく
というもの。

これは私が待ちに待った企画と言える。

初期の浜さんの振る舞いが大好きだった人
にとってはとても嬉しい企画であり、
それをあえて提案した浜さんの今年の所信表明の
ようである。

そして、やはり当時読んでなかった事で
「しも~た」と言うネタを発見。
でもそれを今更ながらに知って嬉しくなって
しまった。

それは、2011ツアー前に書いた足跡に関する
所である。
その時に私は「うどん」ネタをいくらか書いた。
それは足跡というより広島人ならここら辺は
当然だろうという程度のものだった。

そして28年の歳月を経てついに明らかに
なった事実。
って、28年前に判った事を今私が知ったと
言うだけの事なのだが。

それは、浜さんの「うどんルーツ」?!

転載は出来ないので概略は以下のとおり


ROAD&SKY Vol.4
(1984年1月発行)より

BEST SPACE
俺の選んだベストスペース7店

という記事の中で浜さんは東京から5店選び
札幌から1店、広島から1店の計7店選んで
それぞれ推薦文を書いている。
そのうち6店は飲食店、あと1店がレコード店
である。
私が知っているのは2店のみで広島の1店と
東京のレコード店である。

東京のレコード店は今や伝説のパイド
パイパーハウスで私も通販で買ったり
BOSSを東京に観に行った時に
実際、店にも寄ったりした。
マスターが長門氏で元々、はっぴいえんど
やシュガーベイブのマネージャーをしていた方。
もっと言えば大瀧氏に達郎さんの存在(自主盤)
を教えてデヴューのきっかけをつくった人である。

店はずいぶん前にたたんでしまったが
長門氏は今も音楽の再発CDなどの企画で
よく名前を見かける。
この方の音楽に対する愛情深い文章は
私もとても影響を受けた。

そして本題のうどんであるが
この時に浜さんが選んだうどんが、
広島「ちから」本店のうどんである。

Image062.jpg

「ちから」は私も幼少期からよく食べに行く
うどん屋さんで今は広島市内に30店以上
の店舗を持つ。
(比較的小さな店舗面積が特徴で隙間のような
所に数人しか入れないような店もあり
なかなか愛きょうがあるのです)

浜さんが紹介している本店は広島の鉄砲町にあり、
本社の事務所の1Fがそのお店となっている。
ここはカワイや当時の天満屋、縮景園、FIVE
と拓郎さんや浜さんの縁の地が近辺にあり
田家さんの拓郎本にもこの「ちから」(だろう)が
何度か出てくる。
10数年前のTV企画で吉田拓郎と中村雅俊お2人の
縁の地を訪ねる番組でも拓郎氏の最初の場所がこの
「ちから」本店だった。

で、早速、改めて「ちから」本店に行ってきた。
年明けと言う事で「年明けうどん」なるものがあり
それを味わい、おにぎり2つ頂きました。
(年明けうどんは通常はない、かきあげ天ぷらが
乗って寿印のかまぼこ入り)

「ちから」は店舗がたくさんあるので、
いろいろな店に行くのだが本店に行く事
はあまりない。
浜さん足跡追加記念でとなりの駐車場に200円
払って本店に行った次第である。

先述の会報では
「うどんは西日本が旨いと思う。10代の頃よく
行ったお店で各種うどん(二日酔いの日など最高)
に、おはぎとかいなりとかがあって、いろいろ
コンビネーションを楽しめる」と
1984年1月の会報に記している。

これを読んでそのような?気分で食べると
また、今までと違った味に感じられ何倍も
美味しく味わって頂きました。
共有してる感が楽しいですね~。
ミーハーだね~、すみません。

Image063.jpg
「ちから」本店の正面。

ひとつだけ疑問点があり、
浜さんはお店の場所を「広島、本通り平和公園近く」と
記されているのだが、これは「ちから」本店の
場所(鉄砲町)とは違うので行かれる時は
ご注意ください。
浜さん10代の頃、本通りにはお店なかった
はずなので。
(今は確かに平和公園近くの本通りにお店
ありますがこれも80年代に開店したようです)

この調子だと知らない足跡はまだ、沢山
ありそうだね~。
誰か知ってる人いたら教えてくださいまし。
速攻で出かけてリポートしますので。
ロケ地は広島市内限定と言う事で悪しからず。


年始はゆるネタで始めました。

果たして2005年以来リリースがない
浜さんの新しい曲が今年は聴けるのでしょうかね~?
























浜田省吾 広島市内での足跡-5

Image288.jpg
広島宇品港の出港前の「江田島行きフェリー」
高速船もあるが2005年の取材ロケ
はこのタイプに乗って行ったらしき写真が
「広島音楽本3」に載っている。
片道500円弱なのでご安心を。

浜さんのツアー開始まで1週間となりましたが
神戸公演が1日追加となり今回の震災の
チャリティーとして行われるようだ。

曜日が月曜日なので参加は出来ないのが
残念だがこのハードなスケジュールの
中での決定に浜さん以下スタッフの方々
にエールを贈りたい。

さて、浜さん広島の足跡も今回が〆である。
広島の海の玄関「宇品港」周辺でまとめてみたい。

浜さんは近年では2005年のツアー前にH-FM
の番組で江田島を訪ねており、この時のツアーグッズ
には江田島を象ったペンダントを発売している。
2度ほど会場とネットで販売したが好評のうちに
完売している。

浜さん小学校2~3年生の時に通った元宇品小学校
に私も初めて行ってみた。
場所は広島の最南端、元宇品(宇品島)。
ここは今、プリンスホテルをメインとして小型の
オシャレな結婚式場がたくさん出来ていて、
LIVEハウスももうすぐ出来る。
ちょっとしたリゾート地になりつつある。

浜さんの辞典にもこの場所の事は語られており、
「広島のいちばん海岸べりにひょっこりひょうたん島
みたいな島があって、橋で結ばんれているんですけど、
その島の丘の上にある学校で・・」と。

Image299.jpg
これが入り口にある看板?

Image300.jpg
これが正門。

Image301.jpg
正門からみた広島プリンスホテル。
そのプリンスの所にあった官舎に浜さんが
住んでいた。
驚くのはこの高さと距離。
ほんとに毎日この山を登って通っていたのか?
私は軽自動車で登ったが8歳の浜さん
毎日よく通ったよな~。
「毎日、野山を駆け回っていた」と言っておられます。

じゃその野山はどのような感じかちょっとだけ。

Image305.jpg
小学校からの帰り道

Image307.jpg
さらに下っていく。
かなり急な道だが今も通っている子たちが
いるのだろうが結構大変かも。

Image308.jpg
山道の途中にある宇品灯台。
この先は瀬戸内海が広がっているので
浜田少年の瞼に写った情景が後の歌の
中で生かされているかも知れない。


Image291.jpg
Image290.jpg
広島港、江田島行フェリー乗り場。
江田島は「切串」と「小用」があり、
2005年の取材では「小用」から入って
帰りは「切串」から乗船したようである。


Image289.jpg
広島港フェリー乗り場から江田島方面を望む。
9歳の浜田少年はここから江田島に引っ越し
翌年「海辺の田舎町でビートルズに出会い」
長い音楽の旅を始めるのである。
彼にとっての「初恋」は幼い「小学生の女の子」ではなく
この「ビートルズ」であったという事を
この2005年の取材の時に語っている。
よかったね~女性ファンの皆様。
というよりロケンロールファンにとっても
嬉しいエピソードであります。

というわけで、とりあえず、足跡はこれで終了。
まだやればありますが、もしかしたら番外編が
あるかも知れません。

遠征された方の一助となれば幸いであります。

ツアーは4月16日、ちょうど1週間後キックオフ!
まだ、先だと思っていたが情勢が混沌としているせいか
「もうそんな時期」って感じ。
先ほど、広島の平和公園を自転車で通ったが桜もきょう、明日が
見頃のようである。

さあ、きょうから"On The Road 2011 The Last Weekend"Tour
のカウントダウンだ。











浜田省吾 広島市内での足跡-4

Image294.jpg
宇品港から島しょ部を望む。
左に見える宇品島(古称)の飛び出た建物がプリンスホテル。
あのあたりに浜さん一家は住んでいた。
右手のずっと遠くは、おなじみの江田島方向になる。

しつこいようだが浜田省吾の2011ツアーが
4月16日静岡エコパアリーナからスタートする。
そう4月に入ったのであと2週間となったわけである。

本日は浜さん家族が住んでいた建物の裏にあるお店で
パスタを食べた。
たまたま寄ったところがそこだったのだが。
食べ終わって、空をを見上げればそこにはご家族が
住んでおられたと思しき窓が見える。
デヴュー後はここが実家だったわけでよく、
コンサートの後はここに帰られていた。

とても不思議な気持ちになる。
「生まれたところを遠く離れて」の歌詞が浮かび上がってきた。

先日から連載している足跡も大詰めなのだが(大げさ)
宇品編をやろうと思ったがここで、番外編。
先日広島での会場となるグリーンアリーナに行ってきた。

Image332.jpg
4月1日、快晴で気持ちのよい日である。
花粉症はたまらんが・・はーくしょい。
桜も少し咲いています。

おお、会場入り口の告知コーナー、するとそこにはコンサートの
ポスターが貼ってあった。
Image334.jpg
5月と秋のコンサートも一緒に告知してありました。


もー、だからどしたという内容ですね。
まあ、現場からリポートということで良しなに。
申し訳ないんでもう一つ、足跡ロケ地を一つ。


広島でデートやお見合いはここで行う事が
多いようだが、私は記憶の限り、一度も入ったことがない。
名勝・縮景園である。
入ったことないんでよく知らんが
確か昨日、ニュースで広島の桜の開花宣言はここからやっていたような。
「ん~一つ二つ・・開花?開花にしよう!」なんて
結構テキトーに決めるんですな。

浜さんはここで予備校時代、デートをして彼女にキス
しようとしてベンチから転げ落ちた話が有名だな。
平和公園とここがよく出てくる場所。

Image329.jpg
縮景園の正面入り口。
ここも、場所的には先日の足跡で紹介した「天満屋」や
「FIVE」辺りから比較的近い場所にある。

遠征で来られたら入ってみるのも一考だと思います。
私も一度行ってみますかな。





浜田省吾 広島市内での足跡-3

alsok hall
名盤LIVE"On The Road"を録音した
広島の元郵便貯金会館(現ALSOK HALL)

浜さんの広島での足跡を見つける街めぐり。
今回が3回目であるが前回2回目の時のエリア内に
ある広島で一番有名なこのお店から。

お好み村
全国に名を轟かせる「お好み村」
パルコのすぐ近くにある。
足跡2の宝塚会館の裏手。
ここは広島のお好み焼文化に大いに貢献している
のは確かだが、観光地化されて地元の人は
あまり利用してないのでは?
たくさんの屋台が連なっているのでお祭り
気分はあると思うので1度は行ってみても
良いだろう。
浜さんは2009年のファンクラブのコンサート前日に
ここで食事をしている。
その時の様子はF.CのブログやコンサートM.Cでも紹介されていた。
何十年ぶりに行ったらしい。
どのお店で食べたか?タレントのサインがやたら多い店が
あるのでそこら辺りだと思う。

最近はもっぱらお姉さんの作るお好み焼きを食べていたようなので。
私も毎週作りますがそれは広島人ならあたり前ではなく
広島風を家で作るのは結構珍しいかも。


英数学館
お好み村からは歩いて10分くらいかな。
英数学館(現/並木学園=高校)は広島の老舗の予備校であった。
浜さんは大竹から毎日、広島市内に通っていたのだが
実際、予備校にはあまり通わなかったということは
よく知られている。
「19のままさ」はまさにこの頃の事を歌ったもの。
「予備校のしめっぽい廊下で~あの娘を見つけた~」である。


広島市役所
次は広島市役所。何で?かと言うとこれは確信がないので
話半分でご理解ください。
「19のままさ」の歌詞、先程の続き。
「放課後の図書館のロビーで~」とありますが、
どこの図書館?と疑問を持っておりました所、数年前に
貴重な情報をある人から得られた。
(その方も浜さんと同じ、英数学館~神大に行かれてフォーク村に
いたのですが全く浜さんと接触なかったそうです)

その方が言うには「その頃、市役所に図書館があってよく行っていた」
との事。(予備校から一番近い図書館ということになる。)
英数学館と市役所の距離は歩いて3分くらいなのでそれはかなり
確信に近いのではないか。
今の市役所には図書館はない。
以前あったのか調べようと、市役所正面地下にある旧庁舎資料館に入って
観たけれど見取り図では確認出来なかった。
上の写真で中央の出っ張りがあるところの地下、平日に来られる方は入ってみてください。
更に平日のお昼なら市役所の16F食堂は一般も利用出来、瀬戸内海が一望
出来るので江田島が遠くに見えますよ。

side st
市役所の横の通り(右手が市役所)
英数学館から歩いてくるとここの道に来るのだが
ここをまっすぐ歩くと5分位で広大跡地に辿り着く。

広大跡
ここが元広大の正門。
今は基本的には公園になっているが敷地内は切り売りされ
高層マンションが建っている。
左に見えるのがマンション。

広大に関する浜さんと言えば先程の英数学館時代には
フォーク村の先輩に広大生がいて、いつもその人の下宿に遊びに行っていた。
校内ではバスケットをしていたと田家さんの本でも書かれている。
浜さんは広大受験もしているので、もしここに通っていたら
どうなってただろうね。
ソロデヴューした1976年11月4日には広大の大学祭に出演している。
その時は5曲を歌っている。(町支さんと一緒に)
音源聴いたことあるが観たかったなあ。
この時、私は中2、浜さんの事全く知らず。

今はこの街も大学が移って静かになったがそれまでは
当然、賑やかな街だった。
私も知人に広大生がいてよく遊びに行っていたし
学生食堂や売店を利用していた。
うどんやカツ丼がうまかったなあ。
売店もブルース好きがおられたようでPヴァインのレコードを
揃えていてよく買いに行ったものである。


広大の
大学跡の裏手からの写真。これは校庭だった辺りか?
私が撮っているこの辺りは当時、学生の
下宿があり浜さんもぶらぶらしてたのだろうか?
(写っている所ではなく私の背中側、ややこしくてごめん)
先程の正門の通りには古い店もまだ残っているのでそこら辺りも
浜さんは覗いていたのではないだろうか?

広島駅からどのようにして予備校や広大に
通っていたかわからないが71年当時の事や大竹から
国鉄(JR)で通うとなると広島市内での移動はバスや
市電、徒歩などだろう。

Five.jpg
場所が飛んでしまうがエリア的には「足跡2」で紹介すべき所。
天満屋から近い所に位置する。
ここが予備校に行かずによく通っていたスポット。
現在も同じオーナーで経営している。
ここも田家さん本に出てくるがここかどうかは最初わからなかった。
コンサートで「予備校行かずにFIVEに通っていた」と言ったことが
ありそれで確信を得た。
拓郎も常連だった所で田家さんの拓郎本にも出てくる店。
ここの入り口にもその本の紹介がされている。
(写真、中央辺り)

今回はこんなところかな~。

次回は宇品港周辺です。

最新ニュース
浜さん、昨日からリハ再開したそうである。
福田氏や古村氏のblogで報告されていた。

「僕達の仕事は音楽だから自粛をする、
とかでなく精一杯、自分たちの仕事をしよう」
と浜さんが挨拶したそうだ。

公式HPのフロント写真も「コンサート初日の告知」が
新たに加わった。
F.Cの投稿でも宮城の震災に遭われた方が、浜さんの事を心配し
「コンサートをやってください」と投稿されていた。

身が引き締まる思いである。



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